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断捨離16

2012/04/16 16:42

 

1 衣類(靴、バックも含む)
2 本
3 書類
4 小物
5 思い出品

私の断捨離は、日にちを大きくまたいで行っている。
なかなか、まとまった時間って、取れないですからね。

書類を内緒でかなり捨てることに成功してから、
いよいよ小物に入ることにした。

いつも古着や余剰品をバザーを開催する福祉施設に持って行く。
一年に一度の、その取り扱いがもうすぐ始まるので、
20個近いダンボールが最終的に家から運ぶことが出来るようになる。
それで、ちょっと久し振りにやる気が起きた。

小物と言っても、まずはコップとか、お皿とか、
もらったものだけれど、使わないものが高い戸棚にしまってある。
娘たちからも、これはダサい?から要らないと敬遠されたものたち・・・など。
それらをどんどんダンボールに入れる。

なぜか空き箱がいっぱい出てきた。

いつ使おうと思っていたのだろう。
木で出来た空き箱も、もう要らない。
あっと言う間に、ゴミ袋が一杯になる。

目で見える範囲で大きな変化はないのだけれど、
戸棚がスカスカしているって、ちょっといい気分。
血管内のコレステロールが減っているような・・・・・。
おためしあれ~

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「従軍慰安婦」の虚構を暴く運動

2012/04/06 09:21

 

「従軍慰安婦」は仲間内ではそんなものはなかったと決着している問題のはずですが、今なお生き続けているゾンビのような問題です。個人で、以下のような運動をされている方がいますので、お知らせします。

 

VAWW-NETジャパンや、海外で「従軍慰安婦」問題を取り上げた米国下院議員マイク・ホンダなどが、いかに、いんちきであるかの実証を行いました。発端は、「史実を世界に発信する会」の茂木弘道氏が英文でまとめた「The Truth About the “Comfort Women”」です。これを活用して、マイク・ホンダ議員に質問状を送ったのが、仕掛けの出発点でした。ここで、マイク・ホンダの沈黙を誘い、彼に通告したとおり、彼は「慰安婦」の虚構性を暗黙のうちに認めたと断じ、その後、ニュージャージー州で発生した、「慰安婦」の碑の碑文により触発された者による、日本人の子供のいじめ事件もあり、米国下院べーナー議長他の上下両院の外交委員会の重鎮に手紙を送りました。

これらは、結局、日本の反日派(これが諸悪の根源で、これが無ければ、韓国の動きも効き目は半減するはずです)への仕掛けの布石だったのです。中、韓より悪いのは、それに迎合する日本の反日派です。

そして、日本でのターゲットを、VAWW-NETジャパンの共同代表の西野瑠美子女史に定め、彼女に質問状を送った訳です。マイク・ホンダに対する質問状も、西野女史に対する質問状も、ポイントは単純です。それらは、1.いわゆる「従軍慰安婦」の存在を立証する検証された元資料を教えて欲しい。2.回答が無ければ、暗黙のうちに「従軍慰安婦」の虚構性を認めたと断じ、世の中に宣伝する、の二点です。また、西野女史には、「VAWW-NETジャパンが開いたと称する女性国際法廷では、「法廷」と言う以上、弁護人が居たはずなので、どういう弁護人が居たかと、その弁論内容を教えて欲しい」という要求を付け加えています。

西野女史も今のところ、回答してきておりません。根拠があれば、こちらのメルアドも教えてあるので、とうに回答できたはずです。マイク・ホンダも西野女子も回答しない(出来ない)ということは、反日派たちが、如何に根拠もないのに、「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」を唱えているかの証拠です。

VAWW-NETジャパンには、「女性国際法廷」についても尋ねたが、回答がない、つまり、法廷と言いながら、弁護人も居ない、村木厚子さんの裁判どころではない、暗黒裁判だと言うことです。

それは、今までにも分っていたのですが、上記の事実は、こういう連中の説に信憑性がないことを証明する動かない証拠です。VAWW-NETジャパン或いは西野女史に対し、総攻撃をするか、この話を、できるだけ拡散するかをお願いします。なお、上に述べた西野女史に対する質問状の他諸文書の原文、或いは和訳をご覧になりたい方は、mitch-sekino@jcom.home.ne.jpまでご一報頂下さい。

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休憩してました

2012/04/05 18:32

 

ここはミラーサイトとして使っていましたが、

あるとき、記事を転載しようとしたら、

どうしてもエラーになっちゃって、

嫌気がさして休憩してしまいました。

 

今後は違ったジャンルのことを書くことにして、

継続していこうとおもいます。

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断捨離 13

2011/11/09 22:04

 

母はとりあえず一生懸命ホームに慣れようとしているらしい。

で、一方一人ぼっちになった父は、
母のベッドを片付け、
寝室を自分ひとり用に配置がえをした。
(兄の所の息子達に手伝ってもらったようだ)
一人ぼっちといっても、
隣には兄一家が住んでいて、
昼食、夕食は一緒に食べている。
・・・・・朝ごはんだけ、自分でパンとコーヒーにしているらしい。

今日はそんな父のところを訪れ、
背広の衣替えをした。

辛うじて、この前の衣替えは母が動いたらしく、
冬物のセーターなどが洋服箱に突っ込んであった。
突っ込んで・・・・というのは、
たたまないで、ぐしゃっと入っていたから。


ビニール袋いっぱい、
母の着ない洋服を持って帰った。
父の着ないものもまだまだたくさんある。
自分の家の断捨離より、
あちらの家の断捨離の方が不必要なものがはっきりしていて、
やりやすい。

ただし、
車にどっさり処分品を積み込んで帰らなくてはならないけれど・・・・。

断捨離生活はまだまだ終わらない。

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母のこと51

2011/11/09 22:03

 

母が入所して翌日から旅行に行ったので、
気にはなっていたが、よい報告が入ったので一安心。

入所一日目の施設からの報告

 

落ち着いておられます。
メール有り難う御座います。
ずっと、職員と歩いておられました。夕食が少ししか食べられなかったのが気にな
りますが時々、水分補給をしながらケアしています。
少し早いですが、先ほど眠剤を服用して頂ました。
薬はきちんと飲まれますので助かります。
ご心配でしょうが、少しづつ前に進む様頑張りますので宜しくお願いします。

 

二日目の報告

 

お早う御座います。
  今朝は帰ると少し興奮されていましたが
  今は落ち着いて歌を歌っておられます。
  職員が頑張って今夜はとりあえずここで泊まる事、約束して下さいました。
  台湾出身の方がおられは話があわれ、その方の隣で少し落ち着いておられます。
薬の件、了解しました。
  また、後ほど連絡します。
  とり急ぎ報告まで


 食事前の口腔体操も恥ずかしそうにされながら行われました。
  恥ずかしそうにとっても可愛い笑顔をされていました。
  本日は歩行もなくとても良い状態の様に思われます。
  また、お知らせいたします。

お昼はロールパン2個と副食も7割食べられました。
常に職員と一緒に新聞折等されています。
まずまずです。

面会の件は施設長と話ましたがしばらくの間、ご遠慮頂ければと思います。
時期を見てこちらから連絡させて頂きたいと思います。
都度、状況はメールさせて頂きます。
宜しくお願いします。



最悪のことを想像していたので、
とりあえずは安心です。
きめ細やかな報告があり、たすかります。

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一泊二日で

2011/11/09 22:02

 

対馬、壱岐島に一泊二日で行ってきました。



壱岐島の猿岩。サルの横顔に見えます。
すぐそばに、砲台後があります。

この砲台は日露戦争後、大正時代に入って作られたものですが、
出来上ったときにはすでに時代遅れになったようです。





対馬にある、船江という、船のドックです。
朝鮮通信使なども利用して、船の修理もしたそうです。




万松院という、藩主の墓所。風情がありました。

対馬はトレッキングコースが色々あり、韓国の若者がいっぱい来ていました。

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母のこと49

2011/11/09 21:59

 

いよいよ、明日母の入所日。

四ヶ月わが家に滞在した父も、実家に帰っていく。

父はせっかちな人間で、
何事も早めはやめに準備するタイプなので、
もう二三日前から、自分の持ち物を持って帰れるように、
箱につめたり、袋に入れたりしている。

万に一つ、母の入所が不首尾?で終わる可能性があると、
兄嫁さんからメールが来た。
母には昨晩、「作り話」で入所の必然性?を伝えてあるらしい。

「作り話」は兄嫁が病気(癌)になって、
食事の準備も出来ないし、世話もできないし、
泊ってくれているヘルパーさんは結婚するので、
もう泊まりに来られない・・・・・
長女(私のこと)は家のことがいろいろあって大変だし、
とりあえず、知り合いの病院の施設に泊ってほしい・・・・と。

一応「わかった」と言ったらしいが、
本当に分っているかどうかが分らない。

明日、母が入所したあと、父を連れて帰る予定。

なので、今日最後のお風呂で父の背中をした。

 

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断捨離 12

2011/11/09 21:58

 

整理整頓術には、整理をするための入れ物のアドバイスがあったりする。

でも、どうやら、「入れ物」がいけないらしい。

入れ物があるから、物を蓄積してしまう・・・・・
ついつい、アイロンをかけなきゃいけないものを、
籠にいれてためこむ。
こういう意味での入れ物。
臨時の収納場所?があることで、
そこがふきだまりのようになってくる。
・・・・・私だけ?

入れ物を思い切って捨ててみるといいんだそうだ。

なるほど・・・・・。

わが家は割合に広いスペースがあって、
物を溜め込む?のに最適な仕様になっている。
おまけに、出て行った子供たちのそれぞれの部屋が、
溜め込むのに最適な空間となっている。

溜めていても、日常生活は全然困らないし、
目立ちもしないんだけれど、
それでも断捨離精神は処分したほうがよい・・・・と説く。

ということで、今日は娘(美術系だった)のスケッチ?した
画用紙の束を断捨離した。
もちろん、本人に選ばせ、保存決定もあるけれど、
日々、一歩一歩は続く~~~~

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断捨離 11

2011/11/09 21:57

 

思い出したように、断捨離を続けている。

今日は神様?にいっぱいごめんなさいを言った。

っていうのは、
もらい物のうち、焼き海苔の缶が溜まっていて、
食べきらないうちにもらうものだから、
食品棚に入れ込んでいた。
その食品棚、開けにくい状態になっていて
・・・・つ、つまり、その前を色々なものが占領していて・・・・・
しばらく放置していた。

いやぁ、申し訳ないです。
もったいないことして、本当に悪かったです。
本当にご免なさい。

海苔は缶の中に除湿剤と一緒に入ってはいても、
なんとなく変な臭いになっていた。
いくつ・・・・とは、言えません。


きっぱりと中身と缶を分けて、断捨離した。


今度から、もらったらすぐに手巻き寿司にしよう。。。

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育鵬社盗作問題(3)

2011/11/09 21:56

 

中学の歴史教科書に書かれるべき内容は精選されてくるから、
どの教科書もどうしても似たようになるのは当り前である。

日常の時間の合間を見て、
扶桑社(藤岡信勝代表執筆)と、育鵬社(伊藤隆他)を比べる作業を続けている。

この二つだけを比べても、本当の類似性は証明されない。
そこで、今回は帝国書院の新・旧の同じような個所を一緒に比べてみた。

育鵬社に一部、新しい記述はあるものの、リライトそのものであることが分る。
帝国書院が自社のものをリライトするのは当り前だけれど、
他社のものをリライトしてもいいものだろうか?

(卑弥呼)

〇扶桑社
第2節「古代国家の形成」の、中国の歴史書に書かれた日本の邪馬台国と卑弥呼

3世紀に入ると、中国では漢がほろび、魏・蜀・呉の3国がたがいに争う時代になった。当時の中国の歴史書には、3世紀前半ごろまでの日本について書かれた「魏志倭人伝」とよばれる記述がある。
 そこには、「倭の国には邪馬台国という強国があり、30ほどの小国を従え、女王の卑弥呼がこれを治めていた」と記されていた。卑弥呼は神に仕え、まじないによって政治を行う不思議な力をもっていたという。また、卑弥呼が魏の都に使いを送り、皇帝から「親魏倭王」の称号と金印、銅鏡100枚などの贈り物を授かったことも書かれていた。
 ただし、倭人伝の記述には不正確な内容も多く、邪馬台国の位置についても、近畿説と九州説が対立し、いまだに論争が続いている。(26~27ページ)


〇育鵬社
文明のおこりと中国の古代文明の、「邪馬台国」

3世紀になると、中国では漢がほろんで魏・呉・蜀の3国に分かれました。この時代について書かれた歴史書『三国志』の中の魏書の倭人に関する部分(「魏志倭人伝」)には、当時の日本についての記述があります。
 それによれば、倭(日本)には魏に使者を送る国が30ほどあり、その中の一つが女王卑弥呼が治める邪馬台国でした。倭が乱れたとき、多くの人におされて王となった卑弥呼は、神に仕えて呪術を行い、よく国を治めました。宮殿に住んで1000人の召使いを従え、魏の皇帝からは「親魏倭王」の称号と金印を授けられ、多くの銅鏡を贈られたと倭人伝には記されています。
 しかし、邪馬台国の位置については、倭人伝の記述の不正確さのために近畿説、北九州説など多くの説が唱えられ、いまだに結論が出ていません。(26ページ)


〇帝国書院(17年検定)
「むら」がまとまり「くに」への、むらからくにへ
漢の歴史書(『後漢書』)によれば、1世紀の中ごろに、奴国(現在の福岡市付近)の王が漢に使いを送り、金印をあたえられたとあります。また、魏の歴史書(『魏志』倭人伝)によれば、3世紀に倭(日本)は小さな国に別れ、長い間争いが続いたが、邪馬台国の卑弥呼を倭国の女王にしたところ、争いがおさまったとあります。卑弥呼は、まじない(鬼道)によって、諸国をおさめ、ほかのくによりも優位にたとうとして中国に使者を送り、倭王の称号を得ました。そして、銅鏡など進んだ文化や技術を取り入れました。銅鏡は諸国の王らが権威を高めるためにほしがったものでした。(26ページ)


〇帝国書院(23年検定)
ムラがまとまりクニへの、中国の歴史書からみた倭
漢の歴史書紀元前1世紀の半ばには、奴国(現在の福岡市付近)の王が漢に使いを送り、皇帝から金印をあたえられたとあります(『後漢書』)。
漢のあと魏・呉・蜀の三国時代になり、そのうち魏の歴史書によると、3世紀に倭は小さな国に分かれ、長い間争いが続いたが、邪馬台国の卑弥呼を倭国の女王にしたところ、争いがおさまったとあります(「魏志」倭人伝)。卑弥呼は、まじないによって、30ほどの諸国を治めました。ほかの国よりも優位にたとうとして中国に使者を送り、倭国全体を統治する倭王の称号と金印、銅鏡100枚を得ました。諸国には王から奴隷までの身分があり、国を治めるしくみが整えられていました。(23ページ)


 

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